天国のじいちゃんとばあちゃんが見てるんだなって思った不思議な散歩。
おはようございます
はなまるです。
昨日ゆる募した散歩の楽しみ方ですが、ゆる募なのに皆さんめっちゃレスよくお返事下さって嬉しかったです。
ありがとうございます。
昨日あの後、とりあえずこの辺りの散策コース的なものを検索。
大体毎日歩いてるーーーー。
小学校の通学路周辺でした。
むむぅとなっていると、あるお寺を見つけました。
先にお伝えすると私は寺ガールではありません。
もう一つ言うと、一応主人の実家の宗教には属している様ですが、信仰心はありません。
昨日の散歩はそこを目的地として、とりあえず家を出る事にしました。
実は私の実家はお墓がありません。
正確にはあるのですが、祖父も祖母も生前その墓には入らないよ~と、二人で京都のお寺に共同納骨する事を決めていたようです。
私が高校生の時に祖父が他界し、親戚皆関東住まいなので、その時は浅草の同じ流派のお寺で読経を上げて頂いた後、京都まで行って納骨しました。
それから10余年、祖母が他界しました。
親戚誰もが、祖父と同じ流れで浅草→京都のつもりでいたのですが、浅草の僧侶に言われたのは「そちらのお寺さんとウチは関係ありませんよ」
一同「え?????」
僧侶「数年前に縁が切れましたもので」
え?ちょ、ま…
おーーーーーーーい!!!!
坊主の派閥争いに巻き込まれてるーーーーーー!!!!
どうやら、祖父が亡くなったのと、祖母が亡くなったまでの間に派閥争いで京都と浅草が関係ない寺になっていた模様。しかも知らない間に。
祖母の葬儀はすったもんだあって、大分大変だったようです。
僧侶「お父様(祖父)がこちらでご葬儀されているようですので、お母様(祖母)は特別と言う事でお願いします。今回限りですよ」的な感じで、渋々浅草→京都納骨への流れにこぎつけたそうです。
父と伯母の尽力のおかげかと思います。
まあ、祖母が亡くなるなでの間、祖父の法事とか浅草でやってたのは何だったのかと。
お墓がない分、月命日には欠かさず浅草に参拝に行ってたのは何だったのかと思いますけど。笑
一番可哀想なのは父で、自分も同じ様に浅草→京都で祖父母と一緒に納骨してほしいと言っていたのですが、どうやらそれは叶わない可能性が高いみたいです。
派閥、なんなの。派閥。坊主。
うちの数年間返せって感じ。笑
とまあ、そんな感じでうちの親戚は祖母の法事(3回忌までは浅草でやってくれた。てゆーか、伯母が坊主言いくるめてやらせたって話あるらしいけど。←言い方!)を最後に浅草のお寺を締め出されてしまったので、3年前くらいに私一人で京都旅をした際に本山に参拝したのを最後に祖父母に挨拶に行けていなかったのです。
「また日帰りででもいいから京都行ってこようかな」
と、ぼやっと考えていたところの昨日の散歩。
前置き長くなりましたが、戻りますよ。
ネットで検索する限り小さなお寺でしたが、本山が祖父母のいるお寺と同じで「ここに行けば祖父母と話が出来るかも」と思ったら、いてもたってもいられなくなって数珠も持たずに家を出ました。
お寺は意外と家から近く、方向音痴の私でもスマホ片手に直ぐにたどり着けました。
そのね、道すがら、細っいおしゃれおばあちゃんが両手に紙袋下げて、亀かってくらいのスピードで歩いてんだか止まってんだか。
荷物が重い様で、3歩に1回くらい荷物を降ろして「ふぅ~」って腰と背中を伸ばして、また「よいしょ」って前見てんのか下見てんのかギリギリのラインくらいまで腰まげて、歩いてんのか止まってんのかのスピードで3、4歩。
一度通り過ぎたのですが、どーーーーーしても気になって、「どこまで行きますか?お荷物お持ちします」と声を掛けました。
おばあちゃん首だけ向けてくしゃっと笑って、嬉しそうに「ありがとう、でもすぐそこだから大丈夫。あぁ、何か声かけてくれたお礼しなくちゃ。何かないかしら」
ってセロテープくれました。笑
「向こうから歩いてきたけど、声を掛けてくれたのはあなただけよ。嬉しかったわ。でも、中には危ない人もいるから気を付けてね。また会えるといいわ。じゃあね」
そう言っておばあちゃんは歩いてんのか止まってんのかのスピードで動き出しました。
あまりしつこくするのもなと思って、私はお寺を目指し、散歩に戻りました。
お寺はそこから直ぐで、樹齢1000年を超える松や、市の指定文化財なんかもあって趣のあるいいお庭があるお寺でした。
黒のぶち猫ちゃんがいたのもポイント高いっ!!
でも、残念なことに、昨日は扉が閉まっていて、ご本尊を拝見する事は出来ないなと思っていました。中から声はするので、きっと檀家さんや何かの法事が入ってるんだろうと、ボケッとしていました。
すると突然サっと障子が開きご住職登場。
『?!Σ(゚Д゚;)』
どっちもお互いにびっくりする。
「どうかされました?」
そう聞かれ、しどろもどろながら「ここは京都のあの寺と同じですか?京都の寺に祖父母が納骨されているのですが、京都へはなかなか行けないので、近場で祖父母に挨拶が出来るお寺を探していました。こちらでそれは可能ですか?」
と、途中からなぜか涙交じりで説明しました。
ご住職は「大丈夫ですよ。よくお越しくださいました」と仰ってくださいました。
やはり切の良い時間から檀家さんと説法のお時間だったようで、参加されますか?と聞かれましたが、息子の帰宅時間もあるのでお断りして出直すと伝えました。
「では、参拝だけでも」と中へ通してくれました。
こみ上げてくる色んな物があったんですかね。
お借りした数珠を握りしめてご本尊を前に号泣。ご住職からそっとティッシュを手渡される。ってゆー。
嵐の様に伺って、嵐の様に去りました。
祖父も祖母もなくなったのは随分前なのに、そーとー辛い心境の人来たみたいな空気にして出てきました。笑
ぶち猫ちゃんとバイバイして、お寺を後にして来た道とは逆から帰ろうと歩きだしたら、ワンブロック通過した時点でもう知ってる場所でした。
なんだ、小学校の真裏だったのか。
ちょー遠回りしたわ。
でも、時間も時間で丁度良く、1時間ちょっとの散歩も出来たのでこのまま帰ろうと歩いていると、遠くに見たことある人が…。
視力のそんなに良くない私でも見間違うことないと思う。
あれは、セロテープくれたおばあちゃん!!
歩いてんのか止まってんのかって感じだったけど、確実に歩いてた。
しかし、大分遠回りしてない??
すぐそこの距離じゃないじゃん。
いや、すぐそこっちゃすぐそこだけど…
この、2回目の遭遇はね、運命だと思った。本当に。
夫と出会った時だって全くこれと言って運命感じなかったのに、おばあちゃんとは2回目でビビビってきた。これは荷物持つしかないと。
何なら天国のじいちゃんとばあちゃんが「持ちなさい」って言ってると思いました。
「また会いましたね」
そう声かけたら、おばあちゃん、また首だけあげてくしゃっと笑って「あらほんと!また会ったわね!」と。
もう今日2回会ったから荷物持たせてくださいね。と言ってゆーっくりゆーっくりおばあちゃんと一緒に歩きました。
シャッター街の商店ばかりになってしまって、日用品を買いに行くのも一苦労な事、でも昔より道路が舗装されていて歩きやすい事、紅葉が綺麗だねって話をしたり、とりとめのない話をしました。
7、800mくらい歩いてバス停に着いて、「ここで大丈夫」と言うので、改めてセロテープのお礼をして帰ろうとしたら、「あ、あなたはバス反対方向よね?!ごめんなさい、ありがとうね。本当に助かったわ、気を付けてね」と言われました。私も「こちらこそ。気を付けて」と別れました。
一言飲み込んだことと言えば「おばあちゃん、大丈夫、私歩いて5分ちょっとで帰れるからバス使わない。笑」
なんだかとても不思議な日でした。
こんな事は滅多にある事でもないけれど、なんだか心があったかくなった一日でした。
↓もらったセロテープ↓
↓お寺で一番趣があったもの↓
吹き出した後、言葉の深さが身に沁みました。
今度は写真撮ってみたり、歩数計付けてちょっといつも行かない一本先まで足を延ばしてみたいと思います。
今日も一日よろしくお願いします。