カタオモイ
ねぇ、少し昔話でもしようか。
僕はまだ学生で、夜、
人通りも少ないその道で、週末になると一人で歌っていた僕の、
足を止めて目を瞑って、耳を傾けてくれた。
毎週末、同じ時間に君は来てくれて僕の歌を聴いてくれた。
二人だけの時間。
そのうち君は僕の歌を覚えてくれて、一緒に口ずさんでくれた。
僕が君にカタオモイした瞬間だったよ。
何度か週末を重ね、
君はハニカミながら透き通った声で答えてくれた。
季節が一つ二つ過ぎて行った頃、僕は君に尋ねたんだ。
「音楽を辞めようかと思っているんだけど、
君は真剣な眼差しで僕の話を聞いてくれて心から相談に乗ってくれ
あの時の言葉と表情は今も忘れない。
今の僕がいるのは、あの時の君がいてくれたおかげだから。
それから君とは何度もシャッターの前以外で会う事が多くなったね
他愛もない話もしたし、真剣な話もしたし、
僕はずっと忘れない。
季節が何度か巡った頃、
フルコースを頼んでいたのに、
チェリーだかクランベリーだかのパイ。
デザートを美味しそうに頬張る君を見て、
君は涙を流して喜んでくれて、
まるで愛が溢れていくようだと感じたんだ。
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私は週末になると、ある女性に会いに行く。
彼女はいつも同じ場所にいて、外の景色を眺めている。
「こんにちは。今日も伺いましたよ」
その言葉に反応して彼女はこちらに顔を向け笑顔を返し
「あら、いつもありがとうございます」
私は中学で教師をしている。
あと数年もすれば定年だ。
「お加減はいかがですか?」
「今日はお陰様で調子がいいんです」
毎週末のお決まりの会話。
それは良かったと、私は彼女の横に腰をかけ、
「あの人は、ご迷惑をおかけしていませんか?」
あの人とは彼女の婚約者のことである。
「勿論。頑張ってくれていますよ」
ああ、良かったと彼女はいつもハニカム。
その時、背の高い眼鏡をかけた白衣の男性に声を掛けられた。
「少しお時間よろしいですか?」
私は彼女に断って席を外した。
「お話中に申し訳ありません」
いいえ、と相槌を打った私の後に彼は言葉を続けた。
「病状の事なのですが…だいぶ進行しています。
彼は彼女の主治医だ。
「そうですか、分かりました」
その言葉だけを主治医に伝え、病室に戻ろうとしたが、
「あの、無理なご相談かも知れませんが…」
病室に戻ると彼女は心配そうな顔をしていた。
「先生?どうなさったんですか?」
私は笑顔で他愛もない話ですよと答えた。
少しホッとしたような顔を見せた彼女は左手の薬指にはめてある指
「あの人ね、学生だった頃、ギターを弾いて歌っていたんです。
帰り道だったので、何度か前を通っているうちに、
そうでしたかと、相槌を打つ。
「そのうち、もっと聞きたいなと思って足を止めるようになって、
そして彼女は続ける。
「でも、
彼女は時折遠くの空を目を細めて見つめながら話す。
「聞いたら彼は大学生で、音楽を専攻していたそうなんですよ。
彼女はケラケラ笑う。
「だったら、その専門性を活かしたらいいじゃないと伝えたんです。
「だから彼は中学の音楽教師になったのですね」
ええ、そうかもしれませんと彼女はまたハニカム。
音楽教師になる為には通常の教師よりとても難しい。
もし、免許を取れたとしても、
「でも、彼は頑張ってその道を開いた。
「そんな事ないですよ。その道を選んだのはあの人です。
でもね…彼女は続けた。
「あの時、
少女のように頬を赤らめて話す彼女を愛おしく感じた。
「だから、就職が決まって、
そして、また指輪を愛おしく眺めて話す。
「その時あの人、この指輪をくれたんです。震える声で、
もう、キズだらけの薬指の指輪。
それは、何十年も前に、
あのパイは木苺だったのか。
「約束の3年まで後1年。あの人が頑張ってくれているんだから、
彼女は深くなったシワをさらに深くして笑った。
先生と言うのは私の事で、
彼女の中では忙しい婚約者に変わって様子を見にきているのが私で
「そうですね、夢が叶うんですから」と言いたかったのに、それは言葉にできず、
彼女の左手を握りしめ、嗚咽を押し殺しボロボロ泣いていた。
彼女にかけるお似合いの言葉が見つからない。
ずっとずっとそばに置いていてよ。
好きだよ。
分かってよ。
君が僕を忘れてしまっても、それでもいいから、僕が全てを覚えているから。
だから、僕より先にどこか遠くに旅立つ事だけは許さないよ。
生まれ変わったとしても、出会い方が最悪でも、
だから、お願いだから…
「…先生…?」
彼女の言葉にハッとして我にかえる。
「申し訳ない、お二人の幸せに当てられてしまって、
「いえ、私も一人で話してしまって、
とんでもない、と私は笑顔で返す。
夕日が傾きかけた頃、
「また、来週伺いますね」
「ありがとうございます。あの人をどうぞよろしくお願いします」
私は会釈をして病室を出た。
彼女の声は今も昔と変わらず透き通っていた。
来週来る時は押入れにしまい込んである古びたギターを持ってこよ
そして妻が一番好きだった曲を聴かせてやりたい。
もう、思うようにギターも弾けないだろうし、
君だけが聴いてくれたらそれでいい。
心の歌は君で溢れているから。
だから僕はずっと君にカタオモイしてるよ。
ねえ、Darlin’ 「愛してる」
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こんばんは
はなまるです。
今日は素人の駄文を載せてみました。
下手糞な長い文を読んでいただいてありがとうございます。
これは、Aimerの『カタオモイ』という曲を聴いて勝手に想像した世界です。
多分、こんな解釈をする人はあまりいないと思うのですが、私はこの曲を『カタオモイ』ではなく『リョウオモイ』だったのではないかと感じました。
自分を忘れられていくってどんな気持ちなんだろうな。
私の親族は認知症を発症した人は今のところいないのですが、夫の祖母は、他界する前には夫の顔も名前も分からなかったそうです。
残される方も切ないけれど、記憶がなくなっていってしまうのも切ないな。
皆さんは曲を聴く時にどんなことを考えながら聞きますか?
お付き合いいただきありがとうございました。