うつ嫁はなまると夫とそれと。~嫁がウツになったった~

嫁はうつ病だと思ってたら双極性障害でした。過去離婚目前だった夫婦が、息子と家族三人で嫁の病気を乗り越えていく。(予定)

【別枠】夜も更けたから、黒い話する。7

 

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私は「家族像」に対して強いこだわりがあったらしい。

それも強い強いこだわりが。

 

夫は「大黒柱でいないといけない」

妻は「夫を立てなければいけない」

そして「お互いに支え合っていかなければいけない」

 

あれだけ虐待まがいな育てられ方をしたにもかかわらず、私の両親は世界一の親だと思っていたし、それを目指さなければいけないと思っていた。

 

しかし、それは私の幻想で、本当は「〇〇ではないといけない」と言う事はなくて、私の両親が世界一でもなかった。

現に私の両親は離婚しているし。

 

私は夫に対してとても厳しかった。

夫の言い分は殆ど聞いていた事がなかったと思う。

私の思う家族像に夫を当てはめたかった。

「ちゃんとした夫」になって欲しいと思ってた。

 

今となっては「ちゃんと」とはあいまいで、形のない物なのだが、私は「ちゃんと」が形のあるものだと思っていた。

 

本当は夫婦で二人の家族像を作っていくはずなのに、一方的に全てを押し付けた結果、夫は私から離れて行った。

 

家にも帰って来なくなったし、喧嘩ばかりしていた。

私の「ちゃんと」に当て嵌らない夫に毎日イライラいていた。

そのうち思う様になった

「なぜ私ばかりちゃんとしているのか」

 

家事をするのも子育てをするのも馬鹿らしくなった。最低限の事しかしなくなった。

キッチンはいつも食器が折り重なっていたし、洗濯も洗濯機の前に山になっていた。洗濯しても畳まないでソファに積まれたままだったし、掃除も殆どしなかった。

 

夫は家が汚いと文句ばかり言った。

私はそれを無視して気にしなかった。気にしている余裕もなかった。フルタイムで働いて、夫と同じだけ稼いできてるのに、そんな事言われる筋合いもなかった。

 

何度も離婚にまで話が発展し、その都度離婚に使うエネルギーの膨大さに挫折した。

 

息子がもうすぐで卒園と言うタイミングで、夫の単身赴任が決まった。離れるのに絶好の機会だった。

単身赴任と言う名の別居。

何年も離れて暮らせると思っていた。

別居中の私たちの関係は良好そのものだった。

 

しかし、夫は1年で帰ってきた。

その頃私は本社勤務になり、給料も上がったけれど仕事も激務になっていた。

嬉しかった半面、また、あの日々が始まると思ったら大手を振って喜べなかった。

 

思っていた通り、すぐに離婚話が持ち上がった。

今度こそ本当に別れようと思った。

夫も賛成してくれると思っていた。

 

でもそうじゃなかった。

 

夫は別れないと言い始めた。

話し合いをしか結果、別れない事に決めた。

 

夫を大好きだった私は嬉しかった。

でも、夫から解放されなかった虚しさが私を支配した。

 

「あの日々が続く 永遠に続く 死ぬまで続く」

 

 

そうして私はうつ病になった。

 

 

 

 

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